学習院大学 名誉教授 学習院さくらアカデミー長 今野浩一郎氏

「福祉的雇用」から「仕事ベースの処遇」へ 世界が注目する高齢化先進国の実験

2018年03月28日

「5人に1人」がシニア。進む「福祉的雇用」の見直し

シリーズ立ち上げにあたり、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)などの著作があり、人材マネジメントに深い知見を持つ、学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏に人生100年時代の企業や個人の向かうべき方向について伺った。職場の高齢化の現状を見ると、厚生労働省の調査では2016年の労働力人口のうち60歳以上の比率が19.9%。すでに「5人に1人」が60歳以上という時代に入っており、2030年には2割強になると予測されている。

「5人に1人ですからもはやマイノリティとは言い難いでしょう。100人の会社で20人が機能しなければ会社は立ちいかなくなります。ですからシニア社員にもしっかりとミッションを与え、持てる能力を存分に発揮してもらう必要があります」と今野氏。

現場に目を向けると中小企業では人材不足が続いており、シニアを遊ばせておく余裕はない。一方、大企業の場合、高年齢者雇用安定法により65歳までは本人が希望すれば雇用の義務があるため、やむなく雇用を続けているという側面があることは否めない。
「私はこれを『福祉的雇用』と呼んでいます。多くは賃金が現役時代の約6割程度で人事評価はせず、頑張っても頑張らなくても賃金は変わりません。つまり制度上のメッセージとしてはシニアには期待していないに等しい。結果、労働意欲の低い大量の高齢者集団の登場を招きかねません。これは企業にとっても個人にとっても望ましくない状況です」。

上がり続けるキャリアから"ハッピーに降りる"キャリアへ

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日本の定年制度を振り返ると1970年代は55歳定年が一般的で、60歳定年となったのは1986年のこと。定年退職後は年金生活というスタイルが定着したのは、実は高度成長期以後のわずか50~60年間の話だ。それ以前の日本は農業も含めて自営業が中心の社会で、多くの国民は定年なしで働き続けていた。急速な高齢化が進む中で現状のシステム維持が困難となり、日本は今後、「組織内自営業型働き方」に回帰していかざるを得ないと今野氏は予測する。

「会社勤めの正社員の場合、基本的には係長→課長→部長と上がり続けるキャリアを歩みますが、必ずどこかで転換して"降りる"時が来ます。5人に1人がシニアの時代は"降りる"ことが当たり前になります。ただ、降りた後にハッピーになれるかどうかは降りる前の準備次第です。全体的に上手に降りてもらわなければ職場に不満が蔓延し、悪影響を及ぼしかねません。人事はそういう状況が生まれないよう環境を整える必要があります」。
欧米のアメリカ、イギリス、ドイツなどでは近い将来、年金の支給開始年齢が67~68歳に引き上げられる。日本も早晩その後を追うだろうと今野氏は予測する。これに伴い労働者の働く期間の延長は避けられない状況で、シニアがいかに生き生きと働ける環境を整えるか、企業も本気で考えなければいけない段階に来ている。

タスクをランク分けして"仕事ベースの処遇"にする

企業側がまず考えなければならないのは、60歳から65歳までの5年間の雇用者の処遇だ。今野氏は5年間しか働かないのであれば仕事ベースの処遇にすべきだと語る。

「基本は既存のスキルを活かしプレイヤーとして働くほうが効率がいい。付加価値が高くて難しい仕事は報酬も高いし、単純で誰でもできる仕事なら安くなります。ハイスキルのエンジニアや固定客を抱える販売職などは有利ですし、実際にあるメーカーの地方の営業職の場合、地域の人脈に通じていて不可欠な存在という理由で、60歳を超えても同等の賃金を支払っているケースがあります」。

独自技術を保有し他社への流出を避けたい人材であれば、会社側も厚遇するだろうし、中には基準の処遇レベルでは足りないというケースもあるだろうと今野氏は語る。
次に問題となるのは定年延長をすべきかどうかだろう。65歳、70歳への定年延長がしばしばニュースで取り上げられるが、今野氏は、単に呼び方の問題であって、定年延長も再雇用も本質的には変わらないと言う。

「定年制度の一番重要な機能は年齢によって雇用を終了できる機能です。『高年齢者雇用安定法』で希望者は全員65歳まで雇用しなければいけないわけですから、実質的に今は『65歳定年制度』です。正社員で65歳定年としている企業でも60歳以上は給与を下げるケースが多いですし、逆に再雇用でも下げない企業もあります。だから定年延長するかどうかではなく、60歳以降に実質的にどんな人事管理を行うかが重要です」。

「可愛い高齢者」が明日の日本の力になる

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働くシニア本人の場合、一番大事なことは自身が役割・仕事の変化に応じて気持ちを切り替えられるかどうかだ。例えば部長だった人が一担当者になってある会議を担当する。会議の資料を作ることが仕事だから、エクセルやパワーポイントのスキルももちろん必要となる。それまで全部部下にやらせていた人は、ストレスを抱えることになるだろう。

「ですからそうならないよう事前にどこかで自分のスキルをチェックして、60歳に向けて準備しておく必要があります。現業系の人や専門職はそれほど大きな変化がないので、比較的気持ちの切り替えがしやすいのですが、広い意味での事務系で偉くなった人ほど新しい役割への不適応に悩む傾向があります」。

職場で歓迎される人物を一言で表現すると「可愛い高齢者」だと今野氏は語る。「可愛い高齢者」とは次の3つのスキルに長けたシニアを指す。1つは同僚に対して目線を水平的に持つことができる「ヒューマンタッチ力」。2つ目は与えられた仕事を独力で遂行できる「おひとり様仕事力」。3つ目は、そもそも役割が変わったことに対して自分のマインドをチェンジできる「気持ち切り替え力」だ。専門能力が多少低くても、可愛い高齢者であれば職場で歓迎される。ある時点で上記の3つのスキルを自己診断して自分自身を知ることが大切だと今野氏は指摘する。

高齢化で世界の最先端を行く日本。今後急速に高齢化が進む中国、台湾、マレーシア、韓国などは日本の動向に注目している。日本がこの実験を成功させ、世界にモデルを提示することは重要な意味を持つだろう。

プロフィール

今野浩一郎氏

学習院大学 名誉教授
学習院さくらアカデミー長
今野浩一郎氏

略歴:
1971年 東京工業大学理工学部工学科卒業
1973年 東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了
1973年 神奈川大学工学部工業経営学科助手
1980年 東京学芸大学教育学部講師
1982年 同助教授
1992年 学習院大学経済学部経営学科教授
2017年 学習院大学 名誉教授、学習院さくらアカデミー長
主な著書に、『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)など多数。