対話型の学びに欠かせない「知的謙虚さ」
職場で対話型の学びの場を創ろうとしたときに欠かせないのが「知的謙虚さ」だ。「知的謙虚さ」とは自身の知性に対する限界を認め、限界があることを前面に出し、その結果を受け入れることを意味している。知的謙虚さは学び行動と関係が深い。知らないと言えない、素朴な疑問を口に出せない環境では対話型の学びを進めることはできない。分析の結果から、知的謙虚さは仕事の立体的理解やパフォーマンス、働く意欲にも影響していることが示された。
これまでにも認識論的な信念が学びに重要な役割を果たすとされてきた(Kardash & Scholes,1996)。なぜなら、個人は自分の信念に合うように情報を歪める傾向があるとされるからだ。対話型の学びの肝は、「アウトプットの実践」と「他者の意見の受け入れ」だ。多様な意見から新たなものを創り出すには、この2点が欠かせない。しかしながら、企業へのヒアリング結果からは、対話型学びを阻害する2つの個人要因が明らかになっている。
1つは、「自分の間違いが恥ずかしい」「自信を持って発言できない」といった、対話慣れしていない個人の消極性や気軽に発言できない職場の風土にかかる要因であり、もう1つは、自分が「絶対」という前提で、正論で相手を封じたり、価値観を押しつけたりする行為だ。誰かと議論をしていて「ああ、それって〇〇のことだよね」と決めつけられてがっかりしたことのある人も多いだろう。人はつい自分の持っている枠組みのなかで人の話を聞きたがり、情報を処理してしまう。この2つのスタンスは他者からの学びを阻害する。他者から学ぶための前提条件について見てみよう。
図表1 対話型学びを阻害する2つの個人要因
知的謙虚さとは
知的謙虚さ(intellectual humility)とは、デューク大学のマーク・レアリー氏が2017年に提唱した考え方(注)で、開放性、好奇心の強さ、あいまいさの許容度との相関が高いこと、そして、学習行動や学習成果、批判的思考、共同的な学びとの関連が見られることが明らかになっている。謙虚さは、控えめな態度を指すが、知的謙虚さは自身の知性に対する限界を認め、限界があることを前面に出し、その結果を受け入れることを意味している。
知的謙虚さが高い人は低い人とは異なる方法で情報を処理するとされており、知的謙虚さのスコアが高い人はあいまいさに対して忍耐強く、問題に対する答えが1つではない、あるいは決定的でないと考えている。知的謙虚さが高いリーダーは、異を唱える人がなぜ反対しているのかという理由に興味を持つため、日常的に他者の意見を受け入れる。高度に複雑化した問題に対処するために、専門分野の異なる他者との間で協働することが欠かせない時代には、必須のスキルである。
知的謙虚さは主に以下の要素で構成される。
図表2 「知的謙虚さ」を構成する要素
「知的謙虚さ」は属性ではなく、個人の認知スタイル
「知的謙虚さ」は、個人の認知やスキルによるものであるとされる。分析結果からは、同じ年代であっても人によるバラツキが見られ、性別や年齢といった属性による大きな差は見られていない。その一方で、部下の有無や日常的にやりとりしている社外の独自人脈の量によって影響を受けることが示されている。つまり、日常的に接する多様な他者との間で自身の考え・意見といった主観を交換することが知的謙虚さと関連していることがわかる。
図表3 年代による知的謙虚さの差
次に部下の有無による知的謙虚さの差を見たところ、部下がいるほうが知的謙虚さは高いことが示されている。
図表4 部下の有無による知的謙虚さの差
さらに、普段のコミュニケーションにおける、職場のメンバーや上司、他部署の同僚や上司、顧客、社外の独自人脈についてそれぞれの比率を合計で100%になるように回答してもらい、「独自人脈」が普段のコミュニケーションの10%以下か以上かによって、分析をした。その結果、社外の独自人脈とのコミュニケーション比率が10%以上であるほど、知的謙虚さが高いことが示された。
図表5 社外コミュニケーションの有無による知的謙虚さの差
「知的謙虚さ」は何をもたらすのか
職場の他者へのアウトプット(同僚への自己開示・上司への自己開示)と、対話型の学びおよび社外とのネットワークが、知的謙虚さにどのように影響するのか、そして、知的謙虚さを媒介して、学びの実感やパフォーマンス、働く意欲にどのような影響をもたらすのか。それを見たのが以下の分析結果だ。順番に解説していこう。
図表6 知的謙虚さの効果
知的謙虚さには、対話型の学びの影響力がもっとも強く、次いで、社外のネットワークの影響、同僚への自己開示の影響がみられた。この結果からは、他者から学ぶ機会が多くあることが知的謙虚さにつながっていることが示されている。知的謙虚さを高めるためには、このように他者から学ぶ機会が存在することが欠かせない。
では、知的謙虚さが高いことはどのように良いのか。分析の結果から明らかになったのは、以下の通りだ。
仕事の幅を広げたり、ものの見方を変えるような仕事の立体的な理解に対して、対話型の学びの影響が大きく、知的謙虚さを媒介することによってその効果がより大きくなることが示されている。自身のパフォーマンスの発揮度合いに対しては、知的謙虚さの媒介効果が大きいことが示された。働く意欲に対しては、同僚への自己開示からの直接のパスの影響が大きかった。
他者から学ぶ、対話を通じて新たな知恵を生み出すには、大前提として「自分はここまでのことしかわからない」という自身の知的限界を示すことが重要だ。知的謙虚さのなかに含まれる、自分の意見や立場・視点を疑うこと、新たな事実が示されたときに自分の考えを変えたり、意見を再考すること、異なる意見にこそ価値があると考えるという、認識論的な信念は、その後の学びを活性化するのに大きな役割を果たしている。
しかし、個人にそれを求めても、「知的謙虚さ」を自主的に高めることは難しい。そのため、人材開発の場面では、他者から学ぶことを前提とした、知的謙虚さを実現するための場づくりが必要だ。それには学びの概念を広くとり、個人の知的謙虚さを高め、そのことで新たな学びの機会が得られるという循環モデルを創り出していくラーニングコミュニティが欠かせないのだ。
注)調査では、尺度の開発者であるレアリー氏に許可をとった上で、訳しなおしなどの手続きをした後、日本語に訳した項目を使用した。
調査概要
仕事に関するアンケート
全国15~64歳の就業者を母集団とし、性別・年代(10歳刻み)×就業形態(3区分)×居住エリア(4エリア)で母集団構成に合うように回収。母集団のデータソースは総務省統計局「労働力調査」。調査期間:2020年12月23〜28日 サンプル数:9,350