独立起業にはどんなメリットがあるのか 参鍋篤司

2023年09月20日

「サラリーマンは不満との闘い、自営業者は不安との闘い」とは昔からよく言われる言葉だ。しかしながら現代日本において、将来に不安はないと言い切れるサラリーマンがどれほどいるだろうか? サラリーマンも不安なこの時代、サラリーマンは不満だけでなく、不安とも闘わねばならないのだ。そうであれば、独立起業することが、相対的に有利な選択肢となるケースが増加してきている可能性もあろう。実際、筆者がリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を用いて行った分析から、独立起業は多くのメリットをもたらす可能性が示された。

金銭的メリットについて

金銭的にみれば、普通の人は起業しないほうがよいと言われることが一般的だ。取らなければならないリスクに比べて、得られる役員報酬額が少なすぎるという研究結果は多い(Hall and Woodward,2010)。

しかしながら、経営について詳しい方は疑問に思われるかもしれない。会社に残ったキャッシュをどう考えるのか?ということである。自身で会社を経営している人は、自身に報酬としてキャッシュを出さずに(家計にキャッシュを切り出さずに)、企業内部に純資産として留め置いている人が多い。こうしたストックとして企業に蓄えられた富の増加分は、本来ならばフローとして、経営者の「実質的な所得」(真の生産性)としてカウントされるべきだろう。

具体的には、

(直近の決算時の純資産-その前の純資産)×自己の持ち株割合(0~1の値をとる)

として求められるものを、自己の役員報酬額に加算して実質的な収入総額(あるいは経営者個人としての生産性)として求めた(注1)。つまり、「払われた給与(役員報酬)+純資産増加額」を推定した。これを、Equity Adjusted Draw、EADと呼ぼう(Hamilton,2000)。その結果が、表1である(注2)。

表1 サラリーマンと独立起業の平均年収 (2022年時点)
表1 サラリーマンと独立起業の平均年収 (2022年時点)

普通の収入について比較すると男性も女性も、サラリーマンのほうが高い。しかし、本稿で用いているサンプルの場合では、男性に限れば、EADのほうが大きい数値となっている(もっとも、サンプルの平均年齢が10歳ほど高いことにも注意は必要であろう)。

さて、次の問題は、このデータ(注3)を用いてどのように分析を進めていくか、である。即ち、独立起業は本当に金銭的に割に合わないのか、という問いについて検討するにはどうしたらよいかという問題である。

表1のサラリーマンと独立起業の普通の収入の差異を見て、サラリーマンの収入のほうが高い、サラリーマンのほうが有利な働き方だ、と考えるのは早計である。なぜならば、両者は全く別々の人々だからである。つまり、独立起業の人々が、もしサラリーマンを続けていたならば得られていたであろう、反実仮想の収入水準と、現実の独立起業としての収入水準を比較しなければ、独立起業が及ぼす収入への本当の効果(ATT,Average Treatment on the Treated)を測ることはできないのである。そうした分析を実施する手法がCallaway and Sant’Anna (2021)で論じられており、ここではその手法に準拠して、サラリーマンとして働いていたら得られたであろう水準と、独立起業として働いて得られた実際のアウトカムの差を算出したのが表2である。

表2  Callaway and Sant’Anna (2021)による、独立起業の及ぼす影響の推定(ATT)Callaway and Sant’Anna (2021)による、独立起業の及ぼす影響の推定(ATT)

※1:*** 1% **5% *10%で有意であることを示す
※2:空白はデータのないことを示す

総合の行は、2017年~2022年の間に観察されたATTの平均値を示す。T17~T22の行は、それぞれの年に観察されたATTの値を示している。 

表2の結果を見れば、独立起業は、金銭的な面のみならず、仕事満足度(注4)などの働きがいも大いに高めていることが確認できる。起業家は金銭的な面以外での、非金銭的報酬を大いに享受している。つまり、起業して社長になる(つまり組織内においてほとんど誰からも命令されることがない状態)ことの快適性や、高い自律性を手に入れることで内発的動機を高められることが、高い仕事満足度につながると示されている。

また、弱い効果ではあるものの、子どもの数を増やす傾向にあることも注目される。これは上述したように、仕事を進めていくうえで高い裁量性・自律性をもつことができることから生じていると考えられる。たとえば、子どもが保育園で突発的に発熱したりしたとき、すぐにお迎えに行けるといったことが想起されよう。

まとめ

独立起業が及ぼす、金銭的報酬についてのプラスのインパクトは、ロバストネス・チェックを行うと弱くなる傾向があることを論文(参鍋,2023)では確認している。しかしながら、マイナスであることはほとんどない。つまり金銭的インパクトについてまとめると、独立起業は、サラリーマンを続けていた場合と比べると、良い影響が出る可能性は高いが、平均的に見てその効果はやや弱い。しかしながら、マイナスとなることはほとんどない、と言える。

一方で、非金銭的報酬(仕事のやり方を自由に決められることなどから生じるやりがいなど)は確実に上昇すると言ってよい。

最後に、不思議なことに、生活満足度・幸福度に対して、独立起業は何の影響も及ぼしていない。これがどのように解釈されるかは、難しいところだ。独立起業に踏み出すことは非常に大きな人生の決断のように思えるが、しかし所詮仕事は仕事、独立起業しようが、サラリーマンを続けようが、人生全体にとってみれば実のところあまり影響がない事を示していると解釈できるのかもしれない。

 

注1:本稿は、参鍋(2023)をもとに書かれている。分析の詳細については、参鍋(2023)を参照されたい。また、本稿の内容はすべて筆者個人の個人的な意見であり、筆者の所属する諸組織とは一切関連がないことを明記しておきたい。
注2:この純資産の部分については、筆者が行った「日本の中小企業経営者に関する調査」と題する調査から得られたデータを用いて、JPSEDデータから得られた独立起業した人々の実質的な所得を推定した。
注3:本稿で用いたJPSEDデータは、16年時点で正規社員、役員である人に限定し、学生は除外している。また、後述する推計手法が要求する条件を満たすため、以下の条件を満たすサンプルに分析を限定していることに注意されたい。①16~22年に回答を続けた人に限定(バランスト・パネルである必要性)、②17~22年のどこかで自営業(雇う社員有り・無し双方)に転換しており、③一旦なったらずっと自営業、という人に限定している。つまり、2016年時には全員サラリーマンか役員である。
注4: エンゲージメント、仕事満足度1、仕事満足度2については、以下の質問項目
(1) 仕事そのものに満足していた
(2) 職場の人間関係に満足していた
(3) 仕事を通じて、「成長している」という実感を持っていた
(4) 今後のキャリアの見通しが開けていた
(5) これまでの職務経歴に満足していた
(6) 生き生きと働くことができていた
(7) 仕事に熱心に取り組んでいた
(8) 仕事をしていると、つい夢中になってしまった
(9) 常に忙しく、一度に多くの仕事に手を出していた
(10) 楽しくないときでさえ、一生懸命働くことが義務だと感じた
に対する回答
1 あてはまる
2 どちらかというとあてはまる
3 どちらともいえない
4 どちらかというとあてはまらない
5 あてはまらない
を反転させたものを用いている。
本稿ではこの三つ((6),(7),(8))をシンプルに合計したものを、エンゲージメントの程度を表す指標として用いている 。仕事満足度1は(1)~(6)を合計したもの、仕事満足度2は(1)~(10)をすべて足し合わせたものを用いている。

参考文献
Callaway, B., & Sant’Anna, P. H. (2021). Difference-in-differences with multiple time periods. Journal of Econometrics, 225(2), 200-230.
Hamilton, B. H. (2000). Does entrepreneurship pay? An empirical analysis of the returns to self-employment. Journal of Political economy, 108(3), 604-631.
Hall, R. E., & Woodward, S. E. (2010). The burden of the nondiversifiable risk of entrepreneurship. American Economic Review, 100(3), 1163-1194.
参鍋篤司(2023)「独立・起業にはどのようなメリットがあるのか?:全国就業実態パネル調査を用いた実証分析」リクルートワークス研究所Discussion Paper Series

参鍋篤司(客員研究員)
流通経済大学経済学部大学院経済学研究科准教授、
千葉大学客員准教授、株式会社政策基礎研究所取締役
E-mail : sannabe@rku.ac.jp

・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。